気持ちが同じ通夜を終えたものの、故人への思いは同じ葬儀でも、それに関わる厳粛な式での親類たちのもめごとで...

残されたものにとって大事な儀式 お通夜と葬儀 
残されたものにとって大事な儀式 お通夜と葬儀 

厳粛な通夜と波乱で破廉恥な葬儀

私の父が他界した。父の兄弟は4名いるが、近隣に住まいがあるので連携して私の母を助けてはくれた。私には弟がいるのだが、あいにく海外に行っており、助けることが出来ないでいた。行院から運ばれたものの、式場が開いていないということで通夜には間があくこととなった。親類は交代で私の実家、つまり母の家に来てくれる。しかし、母がポツリとつぶやいた。「少し、眠りたいのに...」癌のために週に一度抗がん剤を投与するために病院通いをし、疲れが相当にたまっている母の気持ちがわかる。親類が来てはくれるものの、世間話をし、お茶を出し、昼にかかったときには近所から出前を取らなくてはならない。葬儀屋の方がいらして、父の写真を選択する必要があった。父はおしゃれ好きだったから旅行先での帽子着用の写真がほとんどであった。帽子を着用していると顔ー特に目の部分が暗くなり、写真にしたときにははっきりとしない。そこで、ある人が心無いことを言う。「自分の葬儀のときのために、これだという写真を今のうちに撮っておかないとねぇ。」皆が笑う。こういうのは、悲しい席では不謹慎というよりも、気持ちを紛らわせるためのものかもしれない。納棺の前には、別の誰かが言う。「こんな大きなものは、玄関から出ないのではないか?!」「居間の窓を全開にして、そこから出そう。」「いや、しかし、こういうのは玄関から出すものだ。」「植木がじゃましてるぞ。」・・・母や私の悲しみに反して、目の前のしなくてはならないことに親類は騒いだ。小さな失望を胸に、通夜へと向かうことになった。

なぜ、こんなに涙が出てくるのだろう・・・通夜で母は倒れそうになるくらい泣き崩れた。父の思い出を、父の温厚でやさしい思い出話をつやの後にする。私は親子水入らずで一晩過ごしたかった。が、やはり、心配してくれたのか親類は控え室に泊まると言う。座りながら寝る母を横にし、皆が帰るまで机や座布団を移動させた。泊まるという叔父夫婦はかみそりや歯ブラシを忘れたからと一旦家に戻り、ビールとつまみを持ってやってきた。私も疲れて横になるのだが、もう最後という父の横で「今までありがとう」と泣いて、翌日の葬儀にお棺に入れるための手紙を書いた。葬儀は昼から始まる。職員の人が、簡単に順番を説明し、指名焼香の順番を確かめた。そこで、親類がもめ始めてしまった。いわゆる「血の濃さ」と同居であればその遺族が順番でいうと早い。しかし、私の弟の妻の親は今までほとんど関わっていないから、あの人はたてておかなければ、写真を持つのは誰なのか、などなど、悲しみとは裏腹に騒ぎが始まった。人の死というものは、なんだろう。近い遺族の想いがあるのに、見栄やらの残された者たちの上下関係が関わってくるのが葬儀なのだろうか・・・

最近は、法事は簡略化する傾向があるのかと思う。ここでまた別の叔父が言う。「四十九日も食事は要らないから。」「なんなら、家の者だけでも良いのでは?」母は「そんなんじゃ、お父さんが寂しがる!」「いや〜、こっちも、包んでくるのが大変だから。」人の性格というのは、いざという時、大事のときに見えてくるものなのだろうか。故人の意思で「簡略に」というのであれば、あるいは、嫌われるような父であるのなら仕方がないものかもしれない。定年退職してからは、小学校の交通安全のボランティアもし、雨の日には、遠くの小学生を自転車に乗せて送っていくこともあった父。人の心は、どこにあるのだろうさようなら、お父さん。